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戦場でメシを食う/佐藤和孝





   反政府ゲリラの従軍に同行してパキスタン国境を秘密裏に超えて十二日。深い雪に覆われた標高三千七百メートルのハジガック峠まで来た。深夜零時を既にまわり、とにかく食わないと体力が続かない。
一枚のナンが回されてきた。当然のごとく、冷たく、硬い。しかし、ゲリラたちはそれを折り、引きちぎり、黙々と顎を動かしている。


 「今日、生まれたと思えばいいじゃないか」(アフガニスタンで武装強盗に取材用機材を全て奪われ憤然としていた中、車に乗せてくれた男にかけられた言葉)。
そうか、もう盗られるものは何もないのだ。この身体一つでどこへでも行けるのだ。


   ローマから飛び立つとアドリア海を跨ぎ、対岸はもうアルバニア。一時間少々飛べば着く距離であった。四十年以上も国民に鎖国を強いた独裁者が没して以後、ようやくアルバニアは民主化されたのである。と同時に、食事などにも変化が現れた。街は無政府状態にもかかわらずピッツアなどを食べさせるイタリア料理店が営業している。「民主化するまで、ピッツアなんて存在、全く知らなかった」。通訳のアルトゥールがそう言う。わずか数キロしか離れていないアドリア海の先にあるイタリアの料理を知らなかったとは、信じられない。



   第二次大戦後、ヨーロッパ内でこれほどまでに戦火にまみれた街があっただろうか。破壊され荒廃したサラエボを歩くと、世界の終末さえ感じた。銃声を聞きながら、なんとか宿であるホリデイインに着いた。
「現在、南側と東側のお部屋は使用しておりません」、ボーイが言う。対岸のセルビア民族主義組織からの銃弾が当たって、使い物にならないのであった。
ホテルでの食事のメニューなどはない。煮込み料理主体の大皿が幾つか並べられてるビュッフェスタイルだったが、ポテト以外の野菜が一切なかったこと以外、どんな食事だったか全く覚えていない。



   インドネシアからの独立を志す、アチェ・スマトラ民族解放戦線の野戦司令部での食事。ジャングルで裸電球ひとつなので、皿の中身が何なのかは良くわからない。闇メシで注意しなければならないのは虫の混入だ。なにせジャングルなのだから。だが「ムカデなどが入っていたらどうしよう」などと想像してはいけない。何が入っていようと、気がつかなければ大事には至らない。暗がりでの食事には、細かいことに気がつかない方がいいのである。






   日本人ジャーナリストが行かない場所=紛争地を(結果的に)専門としている人の著書です。食事の場面を横軸に、各国の紛争現場とそこで暮らす人の様子が書かれているのですが、数回読み返さないと想像が難しいほどの荒れよう。あっさりと書いているので余計に。

   道路には穴が空き、建物には銃弾の痕が無数に。それでもサラエボにもカフェがあり、アフガンに市が立っているそうです。

   街の惨状は、それだけ人が死んだことを暗示していますが、今生きんとする人たちはそんな惨状でも暮らします。

   そして、食べる。人を殺すために武器をふるう一方、生きるためには食べます。しかも、そんな中でもよりウマいものを。実際、出される食事の内容で、政治的主張に拘らず帰属先を選ぶゲリラもいるとのこと。

   人はより良くなるために働いているはずであり、こうした行いもまた、その場に於いてはそうなのでしょう。基本的に理不尽な死の強要がない国に「たまたま」生まれた偶然と幸運。当たり前に食事をしながら、それを素直に喜べない気持ちになった次第です。
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