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スパルタの海


 
 少年による校内や家庭内での暴力が社会問題となっていた80年前後。
 
 親でも手を焼く彼らを合宿生活で監視下に置き、諭すのではなく体罰で一人乗りヨットの操舵を叩き込み、反抗・泣き言を許さないスパルタ教育。
 
 「子供自身の生きる力を呼び覚ます」ことで実績を挙げて(=立ち直る子供多数輩出。とのこと)、世の注目を集めていた「戸塚ヨットスクール」を描いた一本。
 
 
 荒れて荒れてどうしようもない10代の少年少女を問答無用で鍛えます。合宿所は寝袋での雑魚寝。プライバシーなどありません。反抗の著しい者は、格子と錠のついた座敷牢に放り込まれ、果ては「アタマを冷やせ」と縛り上げ、停泊させたヨットに一晩放置。
 
 朝は6時から訓練。腕立て伏せやランニングの合間には、「たるんでいる!」とどつくは、海に放り込むは。もちろん、反抗する子供には更なる体罰が。
 
 そうした中、誰も助けてくれない海を行く中で少しづつ自分に自信を持ち始める子、「誤解」「偏見」にまみれながらも信念を貫く戸塚校長やコーチ達、それを支える周囲の理解者が描かれます。
 
 
 
 「体罰が嵩じて死者が出た」いわゆる「戸塚ヨットスクール事件」によって、公開直前に上映中止となっていた映画があったこと自体、知りませんでした。
 
 が、事件直前に同スクールを扱ったドキュメンタリーを深夜に見たことはよく覚えています。確か、この映画と同名の「スパルタの海」だったような記憶で。
 
 事件のあった80年初頭は、私自身が16歳くらいと、この世代だったため、ヨットスクールは多少なりとも関心がありました。実際中学の頃はガラスとかよく割れてたし。
 
 ドキュメンタリー番組は、本物のスクールの映像だったので、笑いながら子供を海に突き落とし、オール(?)か何かで、船の上からこづき回す戸塚校長は迫力がありました。
 
 実際、事件直前までマスコミは「異端の教育者」「誤解を恐れぬ信念の人」といった論調で戸塚校長を持ち上げていたという印象があります。
 
 
 この映画はそんな中でつくられたもので、ドキュメンタリー形式での全編戸塚礼賛のフィクション、です。エンドロール後には「事実をもとに映画的脚色・演出を加えたものです」のキャプションも出てきました。
 
 原作のドキュメンタリー&映画制作時に既に死者が出ていたので、それを承知で制作に踏み切ったことは凄いな、と素直に思いますが、この映画そのものはあくまでフィクションです。
 
 伊東四郎氏の大熱演はじめ、100分の映画としても良くできています。背景を全く知らずに見ても、(画面の古さはともかく)厳しくも熱意ある教育者と、次第に目覚めていく子供に激しいシーンや淡い恋愛も絡めて、テンポ良い演出は、オールドスタイルの青春映画として受け入れらないものではないと感じました。
 
 繰り返しますが、よく出来た映画です、ホント。「ゆきゆきて神軍」みたいのを想像していたのですが、商業娯楽として立派に成り立っていると思います。
 
 
 だからこそ、「事件」がなく、そのまま公開されていたとしたら・・・。
 
 「事件」の真偽は定かではありませんが、戸塚ヨットスクールは、「かわいがり」の相撲部屋や、カルト集団のように、第三者のチェックなき少人数に暴力も含めた権限が集中した閉鎖的な空間というヤバさを内包していたと思います。中心人物が全てを決めるわけですから。その信念がいつの間にか、別の曲線を描いたら、誰がそれを止められるのか。
 
 戸塚校長礼賛の空気の中、ドキュメンタリーすれすれに良くできた本作は、ほぼ事実として受け止められ、荒れた80年初頭で最強の矯正施設であるヨットスクール神話は更に強められたことでしょう。
 
 そこで、「明白な」事件が起きていなかったとしたら・・・。
 
 最盛期は100人以上の「生徒」を抱えていたそうですが、仮に(いかに)戸塚校長が「信念の人」であったとしても、あまりにたくさんの「生徒」には目が届かなくなり、体罰に歯止めが効かなくなる可能性も強くなったのではないか、という懸念も。

 
 
 私個人はスパルタや体罰を全面否定しません。身体で教える意義はあると思いますし、16歳の頃も「金八先生」より「戸塚宏」の方がマシだと思ってました。 戸塚校長の初志は必ずあったのだと思っています。
 
 だからこそ、この映画がその当時に公開されなかったことを良かったことだと思います。
 
 
 ヨットスクールの肥大を防げたから。今となったら、戸塚校長の主張をある程度は客観的に世の中が聞けるから。もう誰も聞かないかもしれないけれど。
 
 
 繰り返しますが、良くできています。伊東四郎氏の熱演だけでも見る価値があります。もし、当時公開されていたら、今の伊藤氏とは全く違った未来になっていたかも。
 
 
 怖いなぁ、熱狂って。それまでの礼賛も、その後の手のひら返しも。
 
 自ら考え、自ら行動することを止めることの怖さ。公開中止時より、ネット発達の今の方がよほどヤバイと思います。
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