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俯瞰の世界図/広島市現代美術館


先日の休みに行ってきました。

 「被爆70周年」にちなんだ展示3部作の第2部となります。広島に住んでいると、こうした原爆関連の催しが大変多いのです。決して、見てハッピーになるようなものではないのですが、ここに住んでいる以上知らん顔は出来ません。

 私もそうですが、ここで生まれた人は大抵が親類縁者に原爆の犠牲者がいることでしょう。重い話なのですが、それを意識させるものが町のあちこちに風景のようにあります。


 この催しは、日常の視点を離れて「空から見つめた喪失と再生、二つの広島の姿を出発点として、ある対象を高みから一望する「俯瞰」の視点でとらえた都市や場所の過去を振り返り、現在を見つめる表現を紹介します」だそうです。





 広島の俯瞰図と言えば、まず被爆直後の写真なのでしょう。

 原爆ドームと道路を挟んだ向かいのビルからの360度の写真群。全方位が焼野原。山の形こそ今と同じですが、町にはごく一部の建物の残骸のみ。「70年は草木も生えない」と言われたそうですが、これが再生するとはとても思えなかったことでしょう。




マシュー・デイ・ジャクソンさんという方のビデオアート「リトルボーイとファットマン」。そのものの画像はないので、とりあえず各々の原子爆弾の画像です。

 この2種の爆弾が雲を背景にひたすら落下していく姿を横から見続ける、終わりのない画像。5分近く見ましたが、落下していくアニメーションが延々続くのみ、です。

 「このまま落ちなければ、多くの人が死なずにすむ」「いや、いつかは落ちるはず。が、今はまだ落ちていないのだから、この間に何かできることはないのか」とかいったことを思わされながら見続けていました。

 何もできずに。



松江泰治さんという写真家さんが撮った広島の町の大きなパネルが何枚も続きます。この画像はそれではないのですが、こんなイメージで、市内中心部や野球場、宮島といった誰でもわかる場所から、採石場のような山の中、どことも知れぬ農村部、巨大な工場といった、広島の人間でもどこかわからないような場所まで。

 上から見る、普段の視点と違うだけで、これほど匿名性を纏うものなのか、いや、こちらが混乱させられるのか。そして、上から無遠慮に(顕微鏡のように)眺められるだけで、これほど無防備なものなのか。

 水平の視点に対してのみ有効な壁は、何の役にも立たず。


写真家の視点は、70年前に爆撃機が捉えたものと同じ地点から、再びこの小さな町を捉えます。

 これらの写真が繰り返し再生され続けるビデオアートもありました。町の風景などがゆっくりと映し出され、「あー、ここはどこかな」とのんきに見ている中に、突然割り込んでくる被爆風景のミニチュア(平和記念公園にあるやつを実物の町と同じように撮った)の航空写真。日常の風景に乱暴に差し挟まれる廃墟の風景。


 70年前の広島のみならず、すべての戦乱、自然災害の前日まで平穏であったはずの日常は、かくも脆いものかもしれないという、苦い警句なのでしょうか。



ジャナーン・アル・アーニさんという、イラク出身の映像作家さんによる「シャドウ・サイト」なる作品です。

 美術館の一角が映画館のように仕切られ、この映像が流れます。効果音や音楽はなく、ひたすら飛行機の爆音が低く流れるもので、どうやら空撮映像が延々流れるもののようで。

 10数分の作品は、本当に空撮映像が流れ続ける「だけ」なのですが、中東の砂漠らしき風景なので、砂が幾何学模様みたいにも見えて、暗がりで見続けていると幻想的な感じも受けるほど。

 が、ところどころ人工物と思しきものが映ります。何かを植えた区域や、建物など。ホントにまばらなのですが、砂の風景が続く中に割って入るそれらは若干の違和感を伴います。

 そうした違和感にも慣れてくる頃、爆発の跡が建物の痕跡にかぶる風景が現れます。


 人の手が入っていない風景に、人工物が現れ、さらにそれを壊す「人の手」。


 なんだいったい。やめろよ、人類。



 いろいろと展示は続き、戦争とは直接関係の薄い俯瞰図もたくさん出てきました。


 そうした中、最後の部屋にあった荘厳な展示。


ニパン・オラニウェーさんという、タイの芸術家による「さされいしのいはほとなりてこけのむすまで」なる巨大な作品。


10メートル四方はあろうかというこの巨大な作品は、ベビーパウダーで描いた地図、だそうです。

 
 なんのことやら、なかなかわからなかったのですが、こんな風に地図を川・道のみを残して切り抜き、ステンシル状にして上からベビーパウダーを降らせて、「ベビーパウダーで描いた地図」をつくる、とか。


 できあがった「地図」は、とても脆く、また手を下さなくとも時間が経てば原形をとどめないことでしょう。

 その儚さ。一方で変容と再生の希望。

 を表現されたのでしょうか。わかんないけど。


 それでも、「70年は草木も生えない」と言われたこの町が、姿を変えて再生した事実。焼野原の俯瞰図から始まって、永遠に落下し続ける爆弾、再生と破壊の俯瞰の後に雪景色のような美しくも儚い、巨大な「地図」。


 現代美術館さんの展示は、なんかストーリーっぽいものをいつも感じさせられて、けっこうじーんときてます。年間パスも更新したし、できたらもう一度見たいなー。行けるといいなぁ。
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