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善き人のためのソナタ


 
 ミハイル・ゴルバチョフの書記長就任まで5ヶ月、ベルリンの壁崩壊まで5年を残していた1984年の東ベルリン。
 
 もっとも、それは後から言える話で、その時点での東欧圏にすむ人々にとっては永遠の牢獄。国家保安省「シュタージ」による徹底した監視体制は、隣人誰もが密告者に仕立て上げられ、反体制の疑いをかけられたものは厳しい尋問で元の暮らしに帰ることはなかったとも・・・・

 ヴィースラーは、冷徹な瞳の中年男。シュタージの大尉であり、盗聴をはじめとした監視と尋問のプロフェッショナル。彼の尋問を受けた者は、48時間眠らされずに反復される質問から逃げることはできません。たとえ、それが真実でないとしても。
 
 国家の保安、というよりももはや体制を守るためだけの仕事でありながら、彼自身は社会主義の正しさと職務への誇りに疑いを持たず、非人間的な組織の一員としての日々を送っていました。

 ある日、上司から「反体制の疑いがある」劇作家ドライマンの盗聴を命じられます。
 
 プロである彼は、早速ドライマンのアパートに完璧な盗聴システムを配備し、自らも24時間の交代シフトに就いて監視を始めます。
 
 ヴィースラーより一回りは若いであろうドライマン。人間の尊厳を演劇で表現したい彼にとって、社会主義は居心地のよいものではありません。事実、師と慕う演出家イェルスカは反体制の烙印を押され、活動を禁じられているほど。

 イェルスカの窮状を思うと、ドライマンは体制に疑問を感じながら、あくまで枠の中での表現に甘んじていくつもりでした。
 
 
 では、なぜ彼は監視の対象に?
 
 それはドライマンの恋人であり同棲相手である、美しい舞台女優クリスタの存在。彼女を我が物としたい保安省大臣が、ドライマンを消したがっての嫌疑だったのです。
 
 24時間でドライマンとクリスタのプライバシーを記録し(二人のベッドの時間と回数まで!)続けていくヴィースラーは、やがて大臣の私欲に薄々気づいていきます。
 
 そんな醜い(が、ある意味人間的な)欲望は、国家への罪であるはずだ! オレは何をやっているのか? オレが今までやってきたことは何だったのか?
 
 揺らぎ始める、冷徹な瞳。
 
 大臣の私欲を知るだけでは、彼はそこまでうろたえなかったのかも知れません。彼を揺さぶったのは、ドライマンとクリスタ、そしてその友人たちの、ごく素直な互いへの尊敬と愛情。それは、表現者だから、ではなく、人であれば当たり前の感情と言動。
 
 揺らぐヴィースラーの背中を押したのは、盗聴のヘッドホンから流れてきたベートーベンの「熱情ソナタ」。
 
 それは、自殺してしまったイェルスカが、ドライマンに最後に贈った楽譜。かつレーニンが「この曲を本気で聴くと悪人ではいられなくなる。革命の妨げになる」と禁じた旋律をクリスタに見守られながら奏でたドライマンのピアノ。
 
 冷徹だった瞳から、我知らず流れる一筋の涙・・・。

 一組織人、しかもシュタージでの一線に挑むことは、文字通り死を賭した行動。それでも、ヴィースラーは彼のことをまったく知らない二人のために戦いを始めます。
 
 プロフェッショナルの豊富な技術と経験、それに対してほぼ未経験の人間としてのハートをもって・・・。

 
 これは素敵な素敵な映画でした。2時間10分という長さをまったく感じさせない展開と、鍛えられた役者さんのすばらしい演技。
 
 もちろん甘くはなく、苦い味わいなのですが、それでも時折の希望を感じさせる場面は暖かい描写で、そうした窒息しそうな中での人の暖かさがそのまま当時の空気なのでしょうか。
 
 それにしても、監視国家とは本当に恐ろしいです。デッチ上げだろうが、なんだろうが自分の人生がまったく選べないのですから。
 
 「非人間的」と何度か書きましたが、それは何ぞやと考えると、自分のやりたいことができない、それにトライする機会すらないことなのか、と思います(アンパンマンマーチって、いい歌だなぁ。あらためて)。
 
 人は変わる。いいにしろ、悪いにしろ。それは環境や周りに人によっても。ヴィースラーがまさにそうであったように。それをあらかじめ決めたことですべてコントロールできるとした体制が間違っていることは明らか。
 
 それでも、そこに生まれたとして、いったい何が出来るのか。東ドイツだけでも、こうした監視への一般の「協力者」は180万人以上で、国民の1割以上が関係者だったとも。
 
 自分だったら何もできない、と慄きながら見ていました。正直、誰が主人公なのかよくわからないくらい(たぶん、ヴィースラーなのでしょうけど)、群像劇としてもよくできた映画なのですが、次に何が起きるかわからないという意味でも、サスペンスでもあり、アクションでした。
 
 
 2時間10分、まったく退屈しません。また、見たい。
 
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