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帝国の境界II 西方公司/広島市現代美術館



 「ふぞろいなハ-モニー」という、ヒロシマ被爆70周年3部作のラストです。
 
 「美しいものを見たい」と思って美術館に行きますが、広島に生まれて暮らす以上はこういう重いものも目にせざるを得ません。見なきゃいいじゃんってもんでもありますが、やっぱりねぇ。
 
 最大3時間の予定で行ってきましたが、映像作品が多いので、全部は見られませんでした。年間パス持ってるのでまた行くとして、本日強烈に印象に残った、というか実質2時間いた中の半分以上=70分の映像作品「帝国の境界II 西方公司」。これはエライもん見てしまった。



 
 今日、生きてた値打ちがあった。エライもん見てしまった。
 
 
 台湾のチェン・ジエレンさんという方(当然知らない)ですが、西方公司とは冷戦時代にアメリカと台湾が立ち上げた貿易会社。しかしてその実態は、台湾を反共の砦とすべく設立した軍隊であり、中国本土から共産主義を嫌って台湾に渡ってきた人たち中でも貧しい家庭の若者(=命を賭ける職業に就かないと家族を養い難い)を主力とした、のちに正規軍となるはずであった部隊。
 
 軍事のみならず衣類生産などの産業も活発に行う(=軍事にはカネがいる)も、情勢の変化により解体され、歴史から抹殺。命を賭して働いた人たちには給与も支給されず、未だその存在すら認められていないとのこと。

※展示されているチェン氏の父親の遺品。隊員の来歴が記された書類や、軍服。上部中央は父親が入隊時に持っていた赤ん坊だったチェン氏の写真。右上は父親自ら写真を焼き捨ててカラになったアルバム。
 
 
 という話をたまたま学芸員さんの案内で聞けたので(ここで既に45分経過)、「おー、まずはこれを見ようか」と、この「映像作品」が何分あるかも確かめずに見始めたら、これが長い。後で確かめたら70分。映画ですわ、もう。
 
 ただ、見てよかった。途中から、もう何分あろうが最後まで見にゃならんと思って。今思ったけど、入った時がたまたまラストシーンでよかった。すぐに最初から見られたから。
 
 
 
 モノクロ、BGMなし。
 
 チェンの父は、その存在がなかったことにされてしまった、米台による中国大陸反攻軍「西方公司」の隊員だった。
 
 ほとんどが貧しい青年(彼らは職を選べなかった)で組織された軍隊。実際に中国大陸への侵攻も試みたが、多くの隊員が海に消えた。そして残った彼らも組織自体の存在を抹殺され、再び行き場を失くした。「なかった組織」に属していた者への手当はなく、元々楽でなかった暮らしが更に厳しいものになったであろうことは想像に難くない。
 
 軍属を証明する書類も破棄され、手元にある軍服も意味を持たず。父のアルバムにあった兵隊時代の写真は、その後父自身が焼き捨ててしまい、台湾の次の世代たちには、その一人であるチェンの息子にすらその存在は確かとは言えないものに。
 
 「父さん・・・。西方公司って本当に在ったのかい?」
 
 
 

 20代後半と思しき青年(チェン氏)が、写真を焼き捨ている父を眺めている。それは彼がもっと幼い頃のはずなのに。
  
 傍らの古い軍服。手に取り、また置き、そしてそれを纏って部屋を出る。父は写真を焼きながら一瞥もくれない。そもそも見えているのか?そこに本当に居るのは父のチェン?それとも息子のチェン?


 ・・・サンダル履きで歩くチェン。古い軍服は上半身のみ。どう見てもニセモノの西方公司軍人が着いたのは、廃墟となった「西方公司」の建物。
 
 三階建てのそれは全ての窓が割れ、何十年も打ち捨てられたままに見えた。そんなわけがない「改修中」の看板が立ち入りを禁じていたが、チェンは入っていく。
 
 

 そこは単なる廃墟。降り込んだ雨水が溜まり、割れたガラスや廃材が行く手を阻む。壁には栄光の西方公司軍の巨大なエンブレムが色褪せ、傾いて。
 
 父さん、西方公司は本当にあったんだ。
 
 
 そう大きくもないはずの建物でありながら、チェンはさ迷い歩く。ある部屋に一人の老人が座っていた。

 
 「チェンさん・・・・ここに戻ってくるのに随分時間がかかりました。仲間の兵士はまだ海にいて、私がファイルを見つけてくるのを待っています」
 
 「ファイルがなく書類もなければ、我々はどこにも行けません、ビルのあちこちを探しましたが見つかりませんでした・・・。チェンさん、あなたもファイルを探しに戻ってきたのですか・・・?」
 
 
 廃墟は、一体本当に廃墟なのか?廃墟に現れた亡霊? 西方公司は確かにあったんだ。そしてそこで命を落とした人たちも。
 
 息子のチェンは今や父のチェンと重なり、老人に肩を貸して再び廃墟を彷徨います。
 
 
 とうに動くことを止めた多くの機械設備の横を通り抜けると、椅子に座ったままの二人の人物が。
 
 一人は後ろ手に縛られ、もう一人(女性だ)は目隠しをされ。拷問にでもあったかのように、虫の息で。

 
 後ろ手の男は、「あなたたちのような・・・兵士の何人かが我々の労働機関に奇襲をかけました。以来、ここに残っています」
 
 目隠しの女は、「心底疲れました。・・・暗闇には慣れています・・・」
 
 
 同志であったはずの労働者が受けた迫害。西方公司抹殺に伴う白色テロルの犠牲者なのでしょうか。チェンと老人は後ろ手の男を二人で抱えて歩き出します。
 
 
 錆びた機械群、動力設備。割れたガラス、廃材。三階建てのはずなのに長く続く階段、傾いた幾つもの西方公司軍のエンブレム・・・。
 
 チェンは失業した労働者たちにも会いました。各々の失業日数を描いた紙を持った何人もの労働者。拷問こそされなかったかもしれませんが、チェンの父同様にその後の生計のすべを断ち切られた人たち。
 


 
 
 もはや現実と幻想の境界は溶け、迷宮と化した廃墟。通路と階段は更に続き、やがてたどり着いたホール。かつて、アメリカと台湾の高官たちが反共を誓ってグラスを掲げ、兵士たちが慰問の女性歌手に歓声を上げた部屋。
 
 そして、多くの弾痕と暴力の跡が残る部屋。
 
 
 亡霊なのか、実在する者たちなのか。もうそれはどうでもよくて、このチェンが息子なのか父なのか、もうどうでもよくて。
 
 ただ彼らは集まり、ここに腰を下ろし、何かを待ち続けます。
 
 


 消えていたはずの暖炉からなぜか煙があがりながらも、外からは変わらず廃墟のままの西方公司の中で。
 
 
 
 
 
 忘れられた人は、どこにいくのでしょうか? 忘れられた人は、いなかったことと同じなのでしょうか? もしも誰かが思い出してくれたら、会いに来てくれたら、忘れられた人たちでなくなって再び名前を取り戻せるのでしょうか。
 
 歴史に名を残す人はほんのわずか。名を残せない人たちであっても、本当に誰の記憶にも残らない人たち。あぁ、それでも正しく思い出すことなんて、もう誰にもできません。あったはずの西方公司をなかったという人たちがいて、その時代を別の文脈で心地よく書き換えようとする人たちがいて。
 
 現実に起きたことはひとつでも、違う場所から眺めればそれは全く違う景色。
 
 
 たとえ命を落とした当人にとって、ただ一度の生だったとしても。
 
 
 午後4時に見終わってから7時間経ちました。まだ西方公司の映像が離れません。
 
 
 
 もう一度、見に行こうかな。
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