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その記憶が、今もオレにはある

 妻とは、他人なのだ。
 
 彼女もまた、自分の頭で考え、行動するのだ。当たり前だ。
 
 それは、オレ自身がそうであるのと同じく、自分が育った環境や、出会った人たちに影響されつつ出来ていったものなのだ。
 
 オレのことを妻が「理解しない」「できない」のは、オレ自身が自分とつきあってきた時間が、妻とのそれよりはるかに長いから当然なのだ。
 
 
 
 夫婦は他人。この意味がこれまでアタマで知ったつもりになっていたものとは違って、リアルに感じ始めた。
 
 悪いことでは、ない。事実なのだ。
 
 妻には、オレが感じるように共感してほしかったけれど、それ自体がそもそも無理があるのだ。
 
 やっと理解の一歩前に立てたのか。
 
 妻は他人だったのだ。そして会って、好きになって、一緒に暮らし始めたのだった。
 
 違う、それでいいんだ。わからない、それでいいんだ。
 
 オレ自身がオレをどうしようもないのに、他者をどうこうできるはずがないのだから。
 
 
 「かつて、あの女性を本気で愛した記憶」が、オレには今もある。
 
 だから、大丈夫だ。その記憶があるのだから。
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No title

「愛するとは決心であり選びである。愛とは感情や思いだけではない。他の人のために何かをすること 祝福することである。」

以前、愛することに惑って、ネットを徘徊していたときに見つけた言葉です。愛することは選ぶこと。いつも愛を選んでいくこと。今はそう思っています^^

No title

JOさん、いつもありがとうございます。同感、です。ありがとう。