FC2ブログ

東松照明 ―長崎―/広島市現代美術館




 昨日、行ってきました。曇天の広島市現代美術館。




 写真家(故人)、東松照明さん。「男はつらいよ」の寅さんを模したようなユーモラスなパネルとなって出迎えてくれますが、社会派の写真家さんとか。
 



 相変わらず何にも知らないのですが、入ってすぐに掲げてある作者紹介の文章に「土門拳、奈良原一行らとともに云々・・・」とありました。あ、この人たちは知ってる。奈良原一行さんは見に行ったし、図録も買ったっけ。
 
 モノクロの写真は鋭利で、見ているこちらが何か問われているようでした。
 
 
 作者は違えど、きっと問われるような写真が並んでいるんでしょう。広島市現代美術館は相変わらず重い展示です。土曜の午後ですが、人影はまばら。ただ、最近広島にも増えている外国人観光客さんの姿が目につきます。オバマさんの訪問も何かのきっかけになったのでしょうか。
 
  


 昨年の県立美術館「戦争と平和」でも見た写真が最初に出迎えてくれました。被爆の時間を指したまま止まっている腕時計。あぁ、そうか。この人の写真を既に見たことがあったのか。
 


 
 「爆風により崩壊した浦上天主堂の天使像」。61年撮影の時点でこのまま残っていることに驚いたのですが、帰宅して少し調べたところ、天主堂の再建・一部保存には簡単ではない経緯があったのですね。軽々には触れられません。
 
 
 画像はあえて載せませんが、何人もの被爆者の方を数十年も取り続けた作品が展示されていました。それこそ、幼女の頃から孫ができるまで。あるいは生涯を寡婦として過ごし続ける姿を。
 
 東松さんは、(これより以前に)初めて訪れた長崎に非常な衝撃を受けながらも、自分の撮った作品に「仕事としての割り切り」が残っていることがどうしてもひっかかり、その後長崎を訪れ続けるようになったとのこと。
 
 展示中に本人の言葉も掲げられていました。68年のものである、その大まかな文意は 
 「長崎の文化会館には5階に原爆、3・4階にオランダ交易などが展示してある。つまり、原爆は過去に組み込まれたものとして扱われている。しかし、1945年8月の恐怖は、現在も続いている痛苦と繋がっている。そこで亡くなった人、今も苦しんでいる人が在り、11時2分で停止した時と11時2分から始まった時があるのだ。」
  「人間が人間である証として、時間の流れに意思の杭を打ち、薄れていく記憶を経過した時間の分だけ取り戻さねばならぬ」
 
 
 人は、忘れます。善きにつけ、悪しきにつけ。忘れないとやってられない。が、個人としてではなく、覚えておかないといけないことがあるように思います。
 
 個人としてはとても背負いきれない痛ましさ。が、人間として記憶せざるを得ないことが。加害、被害といった視点ではなく、人間はこういった愚を犯すということ、それを記憶することが次の愚行を止める試みにつながるということを。
 
 
 ただ、個人としては痛ましすぎる。本当に、本当に。
 
 
 
 350もの大量の作品が展示されています。被爆から始まり、やがて復興する長崎の町の風景。
 





 
 バトンガールが町を練り歩き、造船や建設の活気が溢れます。写真もカラーが増え(作者本人の変化もあったとか)、中国やオランダのおまつりに沸く子供ら、坂の町ならではの生活感あふれる写真が続きます。
 
 
 そして現れる、カラーで描かれた被爆。忘れてはいけない、と囁くように。
 
 
 
 
 
 相変わらずの重い展示ですが、やはり目をそらせません。
 


 美術館のある比治山から眺める、曇天の広島市内。山に囲まれた小さな土地は、原爆の熱線の効果を図る恰好の場所だったとか。わずか70年前にこの景色が業火に包まれていたのですね。
 
 
 どうか、愚行が繰り返されぬことを。午後は期日前投票に行ってきます。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

No title

こんばんは。

こちら長崎です。
このような写真があるとは、存じ上げませんでした。

紹介、ありがとうございます。

No title

カバオさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

私も初めての写真家さんでした。これが、展示のかなりの部分は長崎県美術館からの貸し出しでした。今は広島で展示していますが、先品がまた長崎に戻ったころに一度ご覧になられてはいかでしょうか?