FC2ブログ

竜馬がゆく


 
・ (蘭学を学んだ折に)「今の訳、間違うちょります」。塾生は、みな驚いた。蘭語のひとつも覚えようとしないこの剣術使いが、いきなり先生の誤訳を指摘したのである。(中略)いまの翻訳では、竜馬がカンでさとった民主政体の本義からはずれているのである。

・ (妻となるおりょうから死生観を問われて)「死ぬ?おれは死なぬよ」「でも、人間はみな死ぬものでしょう?」(中略)「大和の山上に蔵王権現をまつるお堂があって、そこに千数百年不滅という燈明がともり続けている。誰かが灯を消さずに灯し続けてゆく。そういう仕事をするのが不滅の人間ということになる。それでおれは死なぬ。死なぬような生き方がしたい」

・ (薩長同盟締結のために旅路を急ぐ竜馬)天下を自分一人で救う、という神懸りの気魄をもたねば、薩長の連合はなしがたい、という意味である。同じ一言を言っても、相手をうつ迫力がちがうだろう。

・ (面子に拘り、薩長同盟を切り出さない桂小五郎に対して)われわれ土州陣は血風惨雨の中をくぐって奔走し、身命を省みなかった。それは土佐藩のためであったか、ちがうぞ。薩長の連合に身を挺しているのは、たかが薩摩藩や長州藩のためではないぞ。君にせよ、西郷にせよ、しょせんは日本人にあらず、長州人、薩摩人なのか!

・ (寺田屋事件で幕吏の手を一旦逃れて)「死にましょう。彼らの手にかかって死ぬより、ここで腹を切りましょう」「芝居ならそこで紅涙をしぼるところだ。しかし俺はまだまだやらねばならぬことがある」

・ (霧島の山頂の伝説的な天逆鉾を妻と引き抜いて)「おりょうよ、世間の全てはこうだ。遠きに居るときは神秘めかしくみえるが、近づいて見ればこの類だ。将軍、大名の類もこれと変わらない」

・ (徳川慶喜の大政奉還受諾を知って)大樹公、今日の心中さこそと察し奉る。よくも断じ給へるものかな、よくも断じ給へるものかな。予、誓ってこの公のために一命を捨てん。
 

 私の最も好きな歴史上の偉人、坂本龍馬先生を描いた名作です。文庫本で全8巻を今月で3度読み返しました。本作は小説なので、史実と異なる点も多いとのことなのですが、それは竜馬(字が異なるのも創作の部分があるためとか)の魅力をより伝えるためのものであり、頓着するものではありません。

 私にとっての竜馬の魅力とは、その快男児ぶりに尽きます。五尺八寸の大男で北辰一刀流の皆伝者。海のごとき器量は敵方も含めて老若男女を魅きつけてやまず、維新回天の大業を成し遂げた知と威と至誠。過去に拘泥せず、世の不正を憎み(その思想は、のちの自由民権運動の素地となる)、自らの身命を顧みない。

 いくら徳川幕府が末期に来ていたとは言え、あくまで自藩という尺度でしか世界を考えられなかった雄藩の面々に対してただ一人、世界規模で考えて行動していた竜馬なかりせば、のちの日本国の発展は別の形を辿っていたことでしょう。

 長い物語の中には多くの人物が登場します。歴史に名を遺したもの、残さなかったもの。器量の大きかったもの、そうではなかったもの。図らずも晩節を汚してしまったもの・・・。果たして竜馬は、その夭折がために、光芒を放つことができたのか。

 否、と思います。自身に欲を持たず、孤立をも怖れない独歩の男は決して晩節を汚すことはなかったと思いたい。では、私自身は竜馬となれるのか?初めて本書を読んだ30年前から竜馬に憧れて憧れていながらも、決してなれはしないことはよくわかっております、ただ、竜馬という快男児に触れてしまった以上、せめてその憧れに少しでも近づけるように、恥じないように日々を過ごしたいという気持ちは変わっていないつもりです。

 先日、ある本で、今も桂浜の龍馬像には「会いに来ました」と、人生の節目で報告に来る人が後を絶たないと知りました。かつて高松に勤務していた頃は4時間程度で行けたので、私も20回以上は桂浜を訪ねたように思います。私自身の憧れは少々気恥ずかしいながらも、そのような人が今も多くいるという事実。竜馬が言った永遠の生命と、人が事を成す気概を死ぬまで自らの燃料としたい、と改めて思います。

 永遠の快男児、坂本龍馬先生。遠くから憧れる一人でありながらも、その志を高く持ち、これからも日々悪戦苦闘していきます。
 
 
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント