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殿敷侃:逆流の生まれるところ/広島市現代美術館



 4月に一度行きましたが、あらためて行ってきました。一度では消化できないような重いものが多くて。



 点描による作品です。「自画像のある風景」

 広島で1942年に生まれ、東広島に母・姉とともに疎開していましたが、市内で勤務していた父が被爆したため投下から3日後に爆心地に入り家族ともども二次被爆。父は既に死亡しており(遺体は見つからず)、5年後に母親も死亡。

 母は結核菌が腹部をも蝕み、ガーゼを替える度にその肉が見えたとのこと。

 こうした体験が幼少時にあった人物は、その美術への才能をどう振るうべきか悩み、迷走したようです。

 この作品は以前にもここで見たことがあり、非常に印象強く残っていました。被爆地を背景にケロイドの人物、やがての白骨化、パンドラ(?)の箱からは史上初めて人間に投下されたキノコ雲。被爆した画家の頭髪は放射能のせいか抜け落ちて(実際はそうではなかった)。

 点描ですので、4センチ四方描くのに一日要するとのこと。印象派の点描画家は短命だったっけ。殿敷さんは、作風を変えていったため、点描で命を落とすことはなかったものの、病により50歳で亡くなられたそうです。



 同じく点描による作品、「釋寛量信士(シャツ)」。

 その戒名をタイトルに描いた、亡き父のシャツ。同様に亡き母の襦袢、帽子、足袋などを点描で描いた作品も展示されていました。

 袖を通す人もない衣類は力なく横たわります。が、袖を通していたはずの人も既にこの世にはなく。執念さえ感じる点の集積で描いたリアルは、主なきシャツとその主自身の二重の不在と慟哭を感じさせます。



この時期の点描は、どれも不穏な感じでした。よく見ると、どこかが欠損しているんですね。この虫は頭部がありません。他にも、どこかが欠損したカブトガニ、墓地を思わせる光景、首から下だけのスーツ姿の男等々。

 顧みられない何者(弔われることのなかった多くのヒバクシャなのでしょうか)かを悼むような作品が続き、息苦しく感じました。



鉄カブトとレンガ。被爆直後の広島、父の勤務先のあった場所から遺品と定めて持ち帰ったものです。実物も展示してありました。

 その直前、疎開する家族に父が「形見」として渡した「爪」があったそうです。爪ですので、三日月形の小さなものです。

 点描をものした殿敷は、微細な爪(であろう三日月形)を無数に描きこむ作品を多く遺しています。「霊地」という連作なのですが、これが何枚も何枚も並んでいるのを見て、足元が揺らぐような感じを受けました。

この作品、めちゃめちゃ細かく「爪」が描かれております。「父の霊が地面から大気に昇っていくさま」らしいのですが、これが何枚も何枚も。かなりの大きさのものが。画家がひとつひとつ描いた「爪」の集積が。

 もう父だけではなく、顧みられず弔われもされなかった名前を剥奪されてしまった多くの多くの人たちも一緒に。

 この美術館の隣に「放射線影響研究所」があるという事実。日本・アメリカ両政府共同で運営され関係者以外は入場を許されない、「広島と長崎にしかない施設」です。現代美術館、重すぎるわ。私も広島もんですから、なんとかついていきますが。


やがて画家は現実の中に作品を放り込み始めたそうです。

 「黒の反逆集団」。昔の映画みたいなタイトルですが、古タイヤを美術館の入口に積み上げ、美術館に簡単に入れないようにレイアウトしたとか。

 この頃から「逆流」という言葉を使い始めたそうです。皆が見ないふりをするような、用済みで忘れたいような。そういった廃材をわざわざ集めて目の前に並べ、当事者たちに突きつける。

 それが「逆流」。

 かつて、戦争という理不尽な暴力に蹂躙されて顧みられなかったものたちがそうであるのと同様、かつて確かにそこに在ったとでも言うように。





 山口の静かな浜。地域の人たち(子供も含め)と海岸のごみを拾い、掘った穴で焼き固め(6時間!)取り出した物体。

 もはや古タイヤとか一つの名前も付けられない「逆流」。高熱に焼かれたヒバクシャを想起させる物体。実際に現物が展示してあり、近くで見ると空き缶やマヨネーズの容器等々、日常にある品物が目の前から一旦消えてまた逆流という物体に溶解・変形して現れたものでした。

「弔え!」「俺たちは用済みか!」「見ろ、この姿を!知らないとは言わせないぞ!」と言わんばかりの圧力で。




「僕は夜明けを信んじた」

 画家の絶筆だそうです。

 夜明けとは何だったのか? 自身が世に問うた様々の「逆流」達の告発か、はたまた3歳にして被爆の完治か。




 殿敷侃さん。

 激しく重い作品からは想像つかないような、柔和な好男子です。生涯独身で、移り住んだ山口は長門の人たちにも大変に慕われ、何よりも女性に大変モテたとか。

 えらいもん見ました。今日、生きてた意味があった。
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