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被爆死した米兵、爆撃機ロンサム・レディー号



 原爆の日の今日。午後から一人で実家に行って被爆者である父とテレビを見て過ごしました。

 NHKアーカイブスで、「爆撃機ロンサム・レディー号」なる78年放送のドキュメント。これ、全国では流れてないのでは思いますが、どうなのかな。

 原爆投下の10日前、沖縄から飛び立った爆撃機の編隊が呉を攻撃しました。燃料もなく、海上砲台となっていた最後の残存戦艦や、軍港である呉への壊滅のために。

 多くの人が見た漫画・アニメ映画「この世界の片隅に」でも描かれた呉への空襲。

 当時二十歳、呉海軍鎮守府でタイピストだった私の母は、地下で被害状況のタイプを続けたと言っていました。船に乗るはずで海軍に入った少年のような兵士たちが、動かない戦艦に乗って倒れていったさまを泣きながらタイプしたとか。


 その空襲を行った爆撃機の内の1機、「ロンサム・レディー号」のニックネームのB-24。地上からの反撃に遭い、山口県に落下します。次々と脱出した乗員(全員二十歳前後)は憲兵に囚われ、広島に護送。やがて原爆が投下され、ほとんどが死亡。



 原爆を落とした側の国の兵士も、また被爆して死亡したわけです。

 これを看過できず、彼らの家族にその最後を伝え、遺品を届けようとした日本人がいました。


 昨年、オバマさんが広島を訪れた折にそのスピーチの中で触れ、抱きしめた森重昭さん、です。

 番組の取材班は亡くなられた乗員の家族を訪ねますが、その最後を聞かされていなかったことが明らかになります。また、死亡しなかった元乗員の中には、捕虜となって以後のことは口外しないことを合衆国と約束したとの理由で取材を拒否された方もいました。



 元乗員で、その後大学で農業関係の教鞭をとっているカートライト氏。彼は機長であったため、取り調べの場所が広島ではなく東京でした。それが他の乗員とのその後を分けたとのことです。

 この取材の約20年後、森さんの案内で広島を訪問し、かつての部下の鎮魂をされました。また、ロンサム・レディー号最後の出撃となった呉も訪れ、その爆撃で沈んだ戦艦榛名の元乗員と握手を交わすシーンも。

 爆撃された側が笑顔で迎え、彼らに撃墜された側が笑顔で応え。

 泣きましたわ、見てて。


 軍隊という非常に特殊な職業の重さ、加害・被害という視点だけではすまない背景、戦争はよくないのは誰もが思いながらも簡単には行かない現実。

 森さんたちの行動が胸を打つのは、そこに大変なレベルの赦しや共感があるからかと思っています。東京で取り調べを受けながら、世界の誰に対しても貢献できるであろう農業を次の職業にしようと考えたカートライト氏、その彼を笑顔で迎えた榛名元乗員等々・・・。

 自分以外に視点を移すこと、少しでも始めよう。そう思いながら見てました。

 私も森さんと同じ街に住んでいるんだから。
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