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第10回ヒロシマ賞受賞記念 モナ・ハトゥム展①/広島市現代美術館



 猛暑日予報は出ていましたが、そこまでの暑さは感じなかった今日。現代美術館に行ってきました。

 3年に1度のヒロシマ賞、その受賞者モナ・ハトゥムさんの展示です。

 って、えらそうに書いていますが、初めてヒロシマ賞を知ったのは前回である3年前。ドリス・サルセドさん。

 美術館に行き始めて数回目、だったかと思います。こういうことが趣味になって3年目なのか、ふーん。


 土日に2回づつやってくれている「アートナビゲーターさんによる作品解説」の時間に合わせて行ってきました。作品の解釈は人それぞれとは思いながら、あまりに何も知らないと作品の意図すらわからないこともしばしばなので、最近は必ずこれに参加させてもらっています。すごく親切ですし。

 今日、案内してくださったのは、先月「光ノ形 / 光ノ景」展でほぼマンツーマンで解説してくださった方でした。明るくて親切な女性です。私のことを覚えてくださっていて、和やかに始めていただきました。

 そもそも、今日も私だけでまたもマンツーマン。贅沢なことです。


 モナ・ハトゥムさんって方、もちろん知らなかったのですが(日本での個展も初めてとか)、大変な来歴の方でした。美術館のサイトから転載しますと、

1952年にパレスチナ人の両親のもと、レバノンの首都ベイルートに生まれたハトゥムは、イギリスに旅行中の1975年、レバノン内戦の勃発により帰国することができなくなります。以来、レバノンそしてイギリスという異境に暮らしてきたパレスチナ人として、二重に追放された自らの境遇に根ざしながら、疎外された人間の苦しみや、政治的な抑圧、ジェンダーの問題など様々な社会的矛盾を、パフォーマンスや映像、そしてインスタレーションや彫刻で表現してきました。

 だそうです。パレスチナの人が更に異国に追いやられるというややこしさ。前回のドリスさんは超危険地帯コロンビアのご出身で、そこでの危険&そこを出ての差別も強烈なものでしたが、モナさんの来歴もちょっと想像を絶します。


 最初の展示、「底流(赤)」。8メートル四方はあろうかという大きなものです。中心にはきちんと編んである四角いゾーンがあるのですが、そこからほどけていくつものコードが円形となり呼吸を思わせるリズムでゆっくりと点滅を繰り返しています。

 ナビさんのお話では、「日常では見えてないけれど、底流を流れている危機」といったものの表現とか。言われてみると、悪意や災害、社会的危機といったものが密やかに出番を待っているようにも見えてきます。

 同じリズムでずっと繰り返されているのですが、そう思って見始めると素通りできないただならなさを感じさせてくるので、後でもう一度来てしばらく眺めていました。慄きながら。


 その隣のゾーン、部屋の中央くらいまでのパーティションを隔てて展示してある「その日の名残」。


 さきほどの「底流(赤)」が視界に入ったまま歩くとパーティションの向こうからだんだんと姿を表す配置です。上手ですねぇゲンビさんって、つい言っちゃいましたら「そうでしょう!学芸員さんがこだわっての配置なんですよ」とのこと。

 この作品、ベッド、椅子、テーブル、玩具や麺棒といった日常を表すものたちが焼けて炭になってしまった無残な姿です。

 「その日の名残」・・・。「その日」の前までは、ありふれながらも当たり前にそこにあったものたち。そして炭にすらなっていない、そこに居たであろう人たちはどこへ。

 この作品は、モナさんが広島を訪れてからの着想だとか。

 短めのパーティションをはさんで、この2つが同時に視界に入る展示です。普段気づかない悪意や災いと、「その日」の後になってしまった無残と。

 どこかで止められなかったがために。
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