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第10回ヒロシマ賞受賞記念 モナ・ハトゥム展②/広島市現代美術館

モナ・ハトゥムさんの個展。意外なほどたくさんの作品が展示されていたのですが、非常に刺さりました。


「私の屍を超えてゆけ」という作品です。2✕3メートルの大きなものですが、フランスの駅に掲げられたものだそうです。

 私の屍を超えてゆけ=私が行きてるうちは超えさせない、ということですね。兵士を睨む美しい横顔の女性は、モナさんご本人とか。


ベネチアガラスの美しいこの物体は、手榴弾。



 思わず手に取りたくなるような。

 ナビさんとお話ししたのですが、私が男性だから、もしくは不謹慎だからかもしれませんが、兵器や銃器に「機能美」を感じることを。

 多少の気まずさが残りました。



「デイベッド」という作品です。デイベッドって、ソファにもベッドにもなるヤツですが、とても横になれそうもありません。

 23歳で故郷を失ったモナさん。そして故郷自体もパレスチナという複雑な土地。どこに在っても異邦人であることを強いられる孤独。

 
一見、普通のドアマット。


近くに寄って見てみると・・・。

 誰も好意を持って迎えなどしない、疎外感に満ちた日常。


巨大なチーズグラインダーのパーティション。触れれば我が身が削り取られるほどの拒絶です。

 なんというか日常に潜む悪意というのか、あらゆる差別というのか、そういったものが硬質で奇抜に具体的なモノとなって次々に出てきます。

 それは、守られるべき弱者に対しても。


「交流遮断」という作品なのですが、冷たさを感じる銀色の銅でつくられた赤ちゃんのベッド。

 よく見ると、赤ちゃんを横たえる底部は、細く鋭利な針金で出来ています。ゆで卵を輪切りにするアレです。

 一体、どうなるのか。



こちらも冷たい輝きの車椅子。

 形がヘンです。座りにくそうで。そしてナビさんに言われて気づきましたが、介添者の握るハンドルは鋭利なナイフ。

 座れない、押せない。

 双方の意思疎通の難しさを表したとのこと。寄ってみたら、怖いような出来でした。その冷たさ、鋭利さが。「機能美」と言えばそうなのかも知れませんが、人を傷つける悪意しかない無駄のなさは、美しく思えず。

 そうか、そういうことなのかな。


モナさん、気品に溢れる美しい方です。どれほどの痛みが、こうした作品として形を変えていったのか。

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