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叔母の葬儀

 本家の嫁だった叔母が亡くなって、通夜、葬儀が終わりました。
 
 出勤してから通夜、葬儀が終わって出勤、と少し慌ただしく、昨夜は風邪のひき始めのような体調になりましたが、今朝はどうにか持ち直し。少し疲れたのかもしれません。
 
 叔母の人徳でしょう。ご近所の方、遠方の親戚と多くの方が集まっていました。特に遠方の親戚はもうこの先何度会えるか、といった感じの人まで。
 
 亡骸は大変きれいで、色々と手を尽くして下さった方には感謝の思いです。叔母が遠からず逝ってしまうことは、ある程度みんな覚悟していたことでもあったか、通夜の後の食事は和やかでいい時間でした。
 
 火葬。
 
 どこでも似たようなもんだと思いますが、火葬場はそうたくさんあるわけではないので、「前に来たときは〇〇さん、その前は☓☓さん・・・」と。これまでに亡くなった方を思い出す場でもありました。特に火葬まで参列するとなると、相当親しい方に限られますので余計に。
 
 棺が火葬の窯に入り、扉が閉められる時は、いつも正視できません。焼かないで、とすら思います。
 
 
 1時間程度で終わるんですね。長いのか、短いのか。待っている間に昼食をとりながら、壁に貼ってある注意書きが目に入りました。「火葬の際に棺に入れてはいけないもの」が列記してる紙。
 
 おにぎりやフルーツは水分があって火葬時間が長引く、お骨に付着して納骨が手間取るからダメだそうです。同様にプラスチック等の石油製品等々。
 あー、自分のときはエレキギターや自転車のハンドルとかもダメなのかなーとかぼんやり思いながら眺めていました。
 
 
 やがて叔母は骨壺に収まりました。浄土真宗の安芸門徒は喉仏を京都に納めるんですね、知りませんでした。
 
 また本家に集まり、初七日の読経。それが終わってから、着替えて会社に行きました。
 
 
 寒いながらも、叔母のおかげかよく晴れた通夜、葬儀でした。
 
 
 合掌
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コメント

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No title

父の葬儀のときは高校2年で修学旅行から帰って来て間もなくだったなぁとか、中間試験の真っ只中だったなぁとか・・そんな記憶にあるけど
お骨を拾うときの事はどうだっただろうか・・

母のときはあの扉が閉まるときもうこれで本当に会えなくなるんだなという思いで何とも言えない寂しさをおぼえました。

昨日までは棺の中とは言え眠ってるようなきれいな顔でずっと顔を見ていられたのに・・

お骨を拾うとき 大腿骨骨折でプレート入れてたからそれがしっかり残ってて・・

当たり前だけど不思議な気持ちになりました。

暖かくなったらまた広島に今度は帰るじゃなくて行くという感じかもしれないけど行きたいなぁ(^_^)

No title

シャキッと!さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

お父様の時の記憶が曖昧なのはショックも慌ただしさからでしょうか(´・ω・`)。もうあの顔が見られないと思うと、大昔の人がミイラとかこさえた気持ちもそうした想いからだったかも。

広島、またお帰りくださいね。広島駅、東京の駅みたいにキレイになってますよ。大きくはないですが。