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丸木位里・俊 ―《原爆の図》をよむ/広島市現代美術館




 広島に住んでいるので、丸木夫妻による「原爆の図」はこれまで何度も見ましたが、第1~3部までの初版と再作成版、又4・5部までを一度に見る機会は初めてでした。
 
 広島市現代美術館さんはいつもレイアウトに工夫があり、どんな風に展示してくれているのかを見るのも楽しみのひとつ。今回は、横に長い本作を6つも並べて展示というスケールの大きな見せ方をしてくれました。


 
 「原爆の図」は全部で15部まであるそうなのですが、その第3部のオリジナルと再作成版のあわせて6つを一度に見られるというものです(他に5部まで展示)。
 
 膝を折りそうな衝撃、でした。一人だけだったら、本当にそうしていたかもしれません。
 
 





 
 夫であり日本画家の位里さんの実家が広島市内にあり、「新型爆弾」投下の報を聞いて、妻であり洋画家の俊さんど二人で被爆直後の広島入り。二人は間接的に被ばくされたとのことです。私の父もそうでした。叔父、叔母、他多くの親戚は実際に被ばくし、既に亡くなっていますが。
 
 戦後3年目にして描かれた第一部ですが、連合軍の情報統制下で原爆のなんたるかは全国的にはほとんど知られておらず、検閲を恐れて作品名には「原爆」の文字は入れなかったとのこと。
 
 その後、全国で巡回され多くの人に衝撃を与えることとなったそうなのですが、「実際はこんなものではなかった」との批判も起き、夫妻の元には(公になっていなかった)写真なども数多く寄せられ、以後の創作の糧となったそうです。 
 
 記録、告発、美術と様々な側面を持つ作品群である一方、発表当時はメディアでもあったので、当時の衝撃や批判も含めた多くの声は今で言う「大炎上」的な反響だったのでしょうか。
 
 すべて見終わった後、会場の外に当時の映像を流しているコーナーがあり、夥しい封書をひとつひとつ読む夫妻の映像がありました。
 
 二人の「原爆の図」以前の作品も多く展示されていたのですが、実験的な日本画家として議論を巻き起こしていた位里さん、経済的に恵まれずとも画学生時代から一人で自分の道を拓いてきた(ロシアや南洋でも生活)洋画家・俊さんの独創的で意志のある作品、それだけで見る価値がありました。
 
 が、「原爆の図」を見た多くの人たちからの声は、二人をそれまでの芸術家であり続けるのではなく更なる視点・使命を与えたのでしょう。


 
 
 悲惨や理不尽を写実するのみでなく、希望も忍ばせた圧倒的な展示でした。この美術館自体が、爆心地からほど近く(実際に見えます)、今も日米共同機関として存在する放射線影響研究所にほぼ隣接していることも含めて。
 
 
 地には平和を。



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