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コーヒー&シガレッツ


 
 コーヒーとタバコを間に、ある誰かとある誰かが言葉を交わすのを眺め続ける11の短編。
 
 
「変な出会い」
 小さな市松模様のテーブルに4つもコーヒーカップを並べ、神経質そうに誰かを待つ男。
 
 やがて来た男とは初対面。まったくかみ合わない会話と気まずい雰囲気をタバコとコーヒーだけが、どうにか間をもたせてくれて。
 
 「僕の母親を知ってる?」
 「・・・俺の母親を・・・オマエが知っているのか?」
 「いや、知らない」
 
 「席を替わろうか?」
 「・・・あぁ、いいよ」
 「・・・いいね、この並び。・・・前の方がよかったかな?替わろうか?」
 「・・・あぁ」
 
 気まずい雰囲気はすぐに限界を迎えて、待っていた男の次の言葉は
 「・・・いつまで、ここにいる?」
 

「ルネ」
 他に客のいないカフェ。タバコとコーヒーをやりながら、雑誌のバイク記事を眺める物憂げな美しい女が一人。コーヒーに慎重に砂糖を足して。
 
 無遠慮に現れた若いウエイターがカップにコーヒーを注ごうとする。
 「失礼、コーヒーのおかわりを」
 「あ・・・」
 返事も待たずに注がれるコーヒー。
 「・・・いらなかったわ。色も温度もちょうどよかったの」
 「・・・すみません・・・」
 
 気まずく引き下がるウエイター。女は砂糖とミルクを慎重に注ぎ、コーヒーを好みに整える。美しい指先が優雅に踊り、左の腕には矢で貫かれたふたつのハートのタトゥー。
 
 ウエイターはすぐに、そして何度も現れる。美しい女と言葉を交わしたくて、何度も。
 
 その度、女はカップを手でふさぎ、迷惑そうな視線で彼を追い払う。雑誌の記事はナイフ、銃と読み進められていく。
 

「シャンパン」
 監獄の通路かと思わせるような空間(11編のうち唯一、カネを払わない場所だ)。
 
 小さなテーブルに紙コップ入りのコーヒーと灰皿を挟んだ初老の男が二人。同じユニフォームを着た二人は、(会話からするに)武器庫の清掃人がごく短い休憩をとっているらしい。
 
 「大丈夫か?」(ぼんやりするもう一人に向かって)
 「さあな・・・。置き去りにされた気分だ。世界から忘れられて・・・。・・・マーラーの曲を知っているか? ”私はこの世に忘れられ”を」
 「いや」
 「この世で一番、美しくて物悲しい曲だ。・・・こうしていると聞こえてきそうだ」
  ・・・目を閉じる男。それに合わせるもう一人の男。流れてくるマーラーの美しい旋律。
 
 ワーキングクラスのまずいコーヒーをシャンパンだと思って、乾杯をしよう。人生を楽しもう。
 
 マーラーの男は20年代のパリを、彼を尊重する男は70年代の(後半を、と念を押した)ニューヨークを祝って乾杯をする。まずいコーヒーはシャンパンとなって。
 
 
 
 全編モノクロで、起承転結のないエピソードもいくつかあります。
 
 すべてが面白いとも感じませんでしたし、いや、ひょっとしたらこれを面白いと感じないと洒落てることにならないのかも、でも、わからないものはわからないし、そもそも他人の会話をある部分だけ見聞きしたら、こんな感想なのかもしれないし云々・・・。
 
 と、まぁ、この映画のほとんどを覆っている「居心地の悪さ」を共有しながらの約100分間。
 
 会話の中に、別のエピソードで使われたセリフをちょいちょい織り込みながら、各々の話に関連はありません。
 もっとも、同じ世に生きる我々。その知識、関心に程度の差こそあれ、誰かが知っていることは誰かも知っているし、誰かの言っていることをマネて取り込んだりはしょっちゅう。
 
 なんでも、ある企画から始まって、17年くらい撮りためたフィルムだそうなので、短編集というよりは、CDアルバムでも聴くような楽しみ方をしました。
 
 初対面同士の気まずいオープニングから始まって、双子と他人の3者での気まずさ、成功者とそうでない者のいとこ同士の気まずさ、近所のおっさん同士の気まずさ、久しぶりにある友人同士での気まずさ、恋人同士の気まずさ、有名人への儲け話をもちかける「いとこ」と、実は浅ましい「有名人」の気まずさ、と気まずい話のバリエーションが盛り上げたり、声を潜めたり。
 
 それを埋めていく、コーヒー&シガレッツ。

 最後の「シャンパン」は、ちょっと胸に残る映像でした。それでも、台本が本当にあるのか怪しいほどの、他のエピソードと同じトーンでしたが。
 
 誰もが楽しい映画ではないのでしょうが、私は死ぬまでの残り時間のうち100分使ったことに後悔しない程度には楽しませてもらいました。
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