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ロボコップ

ロボコップ

「・・・お前か?お前なのか?・・・俺たちが殺したはずだ!俺たちが殺した!俺たちがお前を殺した!」。深夜のガソリンスタンド、ロボット警官が追い詰めた暴漢はこう叫んで銃を乱射した。

「抵抗するな。殺してでも連行する」

 ロボット警官が彼に告げた(プログラムにない)言葉に激しく反応したのだ。 暴漢が乱射する弾丸はロボット警官のチタン装甲には意味を成さなかったが、ロボット警官はなぜか立ち尽くすのみだった。

 お前・・・?俺のことなのか?・・・、俺・・・、いや、俺とは誰だ?俺は俺だ。いや、俺とは誰なのだ?そう言えば、出動前に通路を遮ったアンとかいう女性警官は俺の名を訪ねた後に、こう囁いた。”マーフィ、貴方ね?”。

 暴漢が爆破したガソリンスタンドの火の海から現れたロボット警官は、暴漢を確保し怒鳴った「お前は誰だ!?」。・・・大声を出したのは、任務に就いてから初めてのことだった。 


 マーフィは良き家庭人であり、優秀な警官だった。愛する妻とローティーンの男の子と暮らし、市民を脅かす連中には銃を向け、こう言うのだ。「抵抗するな。殺してでも連行する」。

 だが、今度の赴任地は地獄だった。

 毎週数人もの警官が殉職するデトロイト西署。この街は、コングロマリットであるオムニ社のものになりかけていた。小さな政府を標榜する潮流に乗って、警察の経営権まで手中に。いくら民営化と言ってもほどがあるだろう。果ては、今のデトロイトを更地にして新しい街の建設まで公言。

 オムニ社の役員会議では、新しい街の建設に向けての会議が難航していた。問題は犯罪の多さと警察の生産性の低さだった。(少なくとも表面的には)安全な新しい街のためには犯罪の一掃が必要なのに、警官にかかるコストは高すぎる。

 眠らず、食わず、給与も要求しない警官がいれば・・・。

 その仕事を任された副社長・ジョーンズは、ライバルや商売敵の命を奪ってまでのし上がった男だった。もちろん自分の手は汚さない。カネさえ払えばなんでもやる連中は、いくらでも飼っている。

 彼の提案は、軍に転用予定の(=警察には大げさすぎる)重火器ロボット。犯罪撲滅と警察機構解体がミッションだが、頭脳たるAIが間に合わず完成が遅れ気味で社長はムカついていた。

 プレゼンの日、未熟なAIのためロボットはロールプレイの役員を重機関銃で惨殺(!)。激怒する社長に、代替案を命じられていた若い役員ボブが「ロボコップ・プロジェクト」の近日カットオーバーを宣言。

 ロボコップ・プロジェクト。最大の懸案事項であるAIを人間の脳髄によって補完するというフランケンシュタインストーリー。しかし、脳髄を差し出す人間など、どこにいると言うのか。地獄ででもなければ不可能な話だ。だが、ここデトロイトは「地獄」だったのだ・・・。


 赴任初日に、相棒の女性警官(そそられるルックスに騙されるな。地獄の西署でも一目置かれる腕っ節のオンナだ)アンと追い詰めた、街のマフィアからも鼻つまみもののクラレンス一味から惨殺されたマーフィ。

 足を折られ、手首から先を粉砕され、右腕をもぎとられ。そして全身に銃弾を浴び、額を撃ち抜かれ。

 もう会えない愛する家族の姿と、せせら笑いながら銃を乱射するクラレンス一味どもの顔が脳髄を突き抜けながら、マーフィーの意識は途絶える。

「彼は法的には死体だ。そしてそれはオムニ社が買い取った。もはや彼に人権はない」。言い放つボブ。ついに「ロボコップ・プロジェクト」の最後のピースが揃ったのだ。脳死状態の「新鮮な」死体が。


 チタン合金に包まれたボディ、瞬時に標的への角度を計算するアルゴリズムと連動した正確な射撃から放たれる(ほぼ兵器レベルの)オート9銃。一切の感情を持たず、常に合理的な判断と行動をためらわないロボット警官が生まれた。

 そのスペックで、かつプログラムに沿って(無自覚に)地獄のデトロイトから犯罪を一掃しつつあるロボット警官。だが、(なぜか残っていた)良き家庭人だった頃の癖から気づいたかつての相棒アンからの一言が彼の目覚めを呼び起こす。

「・・・マーフィ、貴方ね?私よ、覚えてる?」


 ・・・俺は、俺は、俺はどうしちまったんだ!なんだ、このメタリックの姿は!?このバカでかい銃を扱う巨大な手は、腕は何なんだ!それを支える足も、この無表情な顔も!!!俺の家族は、俺の愛する家族はどこに行ったんだ!俺はロボットなんかじゃない!俺は、俺は、俺は!!!!!!!

 その頃、自らのプランを諦めていないジョーンズは、クラレンスを使ってボブを暗殺。邪魔者となったロボット警官の抹殺をSWATとクラレンス一味に命じていた・・・。




 また22歳くらいでしたか、公開されてすぐに見に行きました。傷ついたハートをメタリックのボディに包んだ(初回発売のビデオにそう書いてあった)、苦悩のヒーロー。

 初めて見て30年以上経つのに、なんで今もこんなに惹かれるのか。小説版もVHSもブルーレイも買ったっけ。

 悪漢一味に惨殺されるシーンは正視に耐えませんでしたが、アメリカの娯楽映画がここまでやるのかと驚きました。そして強烈なカタルシスのラスト。

 先日、80年代カルトSF映画の深層を書いた本を読んだのですが、本作のオランダ人監督さんは本国で強烈な暴力描写と神の名に於ける殺戮の欺瞞を容赦なく描いた人で、これがハリウッドデビューだったとか。

 ロボコップでの主人公の復活は、「悪に裁きを与える、アメリカの鋼鉄のキリスト」という解釈だったそうです。手首を銃で吹き飛ばされるのは磔のイメージ、最後の決闘で悪漢がロボの胸に突き立てるのはロギンヌスの槍。実際そのシーンはわざわざ水面ギリギリに板を敷いて、ロボに水面を歩かせたそうで。

 正直、そういうのは全然気づかなかったのですが、家族を愛し懸命に仕事をする男が、死してなお自分の役割を果たそうとする姿にぐっと来た次第です。

 キリスト教的教養がないので、欧米の映画を見て気付いてないことが多いだろうことは残念ですが仕方ありません。いや、宗教以外にもしらないことばかりなので、映画に限らず創作者の意図を素通りしていることがほとんどなんでしょう、実際。

 自分なりの狭い受け止め方ながらも、それでも好きな映画です。

ロボコップ2
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