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希望の灯り

希望の灯り00
 なにか世の中から置き去りにされてしまったような自分。不幸とまでは言わないけれど、幸福かと問われれば・・・。楽しかった時や辛かった時が自分にもあったように、周りの人たちもきっとあっただろう。触れてほしくないことも。・・・だから、お互いのことは聞かない。明日もこの職場で会おう。自分たちの目の前の仕事に誠実に。今日も、明日も。
  
 東西ドイツ統一から10年後あたりの旧東ドイツ第二の都市・ライプツィヒ郊外。周りには一本の幹線道路しかない景色に建っている巨大な会員制ホールセールクラブ(コストコみたいなお店)で働く人たちの物語です。
 
 店舗が倉庫も兼ねているような巨大なお店での仕事の内容は荷受けに検品、主にフォークリフトを使っての商品の補充、売場の清掃、期限切れ商品の廃棄です。商品のカテゴリーで担当が分かれ、飲料や菓子といったように数名で持ち場を守ります。
 
 そしてこの映画は主に閉店後、深夜での作業を中心に描かれます。お客のいない仄暗い店内、休憩室、そして仕事帰りの通用口での彼らを時に退屈なほど丁寧に。
 
 毎日の仕事ですので多少の行き違い・いさかいも起きますが、彼らは無駄口を交わしません。休憩時間、仕事終わりには軽い冗談は飛ぶものの、お互いのプライベートは全く話題に上らず、あくまで職場での付き合いと割り切ったような。いや、決して冷たいわけではないのです。なんというか・・・、デリケートな部分には決して触れないように慎重に距離をとるような、軽々しく互いの領域に入らない暗黙のルールがあるような・・・。
 
希望の灯り01 そんな店に新しく勤め始めた20代後半と思しき青年、クリスティアン。少し人との回路をつくるのが苦手そうな一方で、上半身いっぱいに果ては手首やうなじまでのタトゥー。どんな服を着ても隠しきれないそれは、かつて荒れていたであろう過去そのもののよう。
 
 50代後半あたりの男性マネージャーのルディは言います。「肌に絵を描いたのか?・・・客が見ると不快に思うから、お前は長袖を着ろ。決してそれを見せるな」。

 過去との訣別。たとえ服からはみ出ていると知っていても、クリスティアンは襟を糺し、袖を引っ張ります。毎日、毎日。

希望の灯り02 
 そんなクリスティアンに仕事を教える、同じ飲料係のブルーノは無骨で無口な50代半ばあたりの父親ほどの年齢。不器用ながらどこか懸命なクリスティアンを辛抱強く仕込んでいきます。
 
 少しづつ言葉を交わすようになる二人。この映画の中では極めて珍しいのですが、あるときブルーノが過去を口にします。

「ここは統一前にはトラックのでかいターミナルで、俺たちも働いていたんだ・・・。俺は長距離トラックを運転していて、みんなもまだ若く楽しかった・・・。いや、今の仕事が嫌だって言うわけじゃないんだ。ただ、あの頃は働く者が尊敬されていたんだよ・・・」。
希望の灯り03

 クリスティアンは、菓子担当の年上の快活な女性・マリオンに恋をします。ナイーブに、不器用に少しづつ距離を縮めていく二人。深夜の休憩室で、バックヤードで。
希望の灯り04
 
 マリオンは人妻でした。しかも夫からのDVに傷つき続けている。
 
 クリスティアンはかつて悪い仲間とつるみ(巻き込まれてた感あり)、服役もしていたようです。一度だけ昔の仲間が現れますが、彼はもう戻ることはなく襟を糺し袖を引っ張り、再び真面目な道を歩みました。
 
 ブルーノは、そんなクリスティアンを言葉少なに諌め、励まし、変わろうとしている若い彼を支えます。
 
 劇的なことは何も起きず、彼らは時にサボりながらも真面目に働き続け、じれったいほど少しづつ親しくなっていきます。あぁ、ささやかでも幸せなことが起きますように・・・。
 
 クリスティアンの正規雇用が近づいたある日、ブルーノが自殺していました・・・。
 
 
 
 
 ドイツのごく最近の映画だそうです。もちろん全然知りません。なんかほのぼのと暖かい話が見たいと思って借りてきたのですが、想像していたようなありがちな内容(そんなものしか思いつかないので)ではありませんでした。
 
 たまたま昨日ネットで「ドイツ人の働き方云々」といった記事を見たのですが、「時間内に役割を果たせれば雑になっても構わない」「人の領域にまで口を出さず割り切ってる」といった内容でした。
 
 この映画の中で働いている人は後者の雰囲気はあるものの、それだけではない他者との関わりに異常に慎重なコミニュケーションは何だったのか。それがために、劇的なこと(ブルーノの自殺以外)がほぼないのに2時間強、という変わった映画が余韻の残るものに感じられて。
 
 統一直前までの東ドイツって、どんな社会・空気だったのでしょうか。建前上は「労働者が尊敬され」ていたのでしょうから、そこでプライドは支えられていたのかなとも思いながらも、私生活は監視と密告が常態化していて、人の心が豊かに穏やかにとは言えなかったのではとも想像します。
 
 ※そういえば東ドイツ関連でこんな映画を見ました
  
  
 考えてみれば、各人が持っている領域って簡単に人が踏み込んではいけないナイーブなもののはず。この映画では異常なほど慎重に人々が距離をとっているのですが、一方でずけずけと踏み込むのもよほどの生活上の共有なければあり得ないとも思い直しました。それは、例えばとらやのように。
 
 セリフも説明も少ない映画の中、登場人物は各々傷ついた心を抱えていました。語られてない人たちもきっと。仕事が終わって帰る家のことは互いに知らなくても、ともに働く「もうひとつの家」でささやかに思いやりあいながら過ごそう。それに限界があることは誰も口にしませんが、それでもせめて。
 
 悲しく、優しい、ちょっと変わった映画でした。
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コメント

非公開コメント

No title

何か考えさせられそうな映画ですね。

何方かと言えばストレスが発散出来る娯楽映画を選んでしまいますが
リアリティが有って、じんわりと心に響く映画も見たく成ります。

淡々と日常が過ぎて行く中に、時折思わぬ事件が起きるストーリーは
自然と引き込まれてしまいそうです。

アンソニー・パーキンスが執事を演じた「日の名残り」もそんな映画でした。

SIN=KAIさん

SIN=KAIさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

まったくその通りですね。多くの映画は「見ているだけで話の内容がわかる&楽しめるつくりですが、この映画はそういう風にはなっておりませんでした。昔の邦画みたい、というのか・・・。

「日の名残り」。カズオ・イシグロですね(*'ω'*)。気になっている一本ですので、近いうちに見てみます(*'ω'*)。