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実録・連合赤軍 あさま山荘への道程


 
 60年代の安保闘争~70年前後の学生運動。当時のニュース映像などを多く用いて、今からは想像し難い状況が語られはじめます。

多くの大学が学生によるバリケードで封鎖され、新宿や渋谷での機動隊との激突。爆弾によるテロの頻発等々・・・。

もはや「内戦」に近いのでは、と思うほどの惨状ですが、国家の「実力行使」による組織弱体、運動自身の激化からの支持喪失等で、その流れは急速に下火になっていったようです。

並行して、路線を巡る内部対立、相次ぐ大物幹部の逮捕による指導層弱体で、もはや「革命」を信じ、唱える学生はごくごく少数となり、活動も地下化していきます・・・。


そういった状況下、郵便局や銀行強盗を繰り返し(!)資金を有する赤軍派と、銃砲店を襲って(!)10丁程度の散弾銃を入手した革命左派が共闘し、連合赤軍が誕生しました。

リーダーは森恒夫(赤軍派)、そして永田洋子(革命左派)。

「銃による殲滅戦」を唱え、「革命」のためであれば非合法も容認される、という考え方の下に。しかして、それはごくごく狭い世界での熱狂。画面からは、現実に可能なのか、に目をつぶる狂気と、弱腰批判を恐れる虚勢に似た勇ましさが幅をきかせる危うさが漂ってきます。

そして、公安に追われる彼らは南アルプスや群馬などに山小屋をつくって潜み、来たるべき日に備えて「軍事訓練」を始めました。

もっとも、貴重な実弾を節約するために「バーン!」と声をあげる、ある種滑稽にも見える「訓練」。革命だの、軍隊だのというよりは、運動オンチの連中が集まったサークルのようです。その滑稽さは「声が小さい!」「革命精神が足らん!」の怒号で、一層ねじれて見えて。

狭い山小屋で30人ほどの若者(女性も5名程度)の共同生活。「自らを共産主義化させてこそ、初めて立派な兵士になれる」という森の主導で、次第に「軍事訓練」よりも「会議」がほとんどの時間を占めるようなります。

・・・「総括」。

これまでの自分を「自己批判」し、「真の革命戦士となるための反省」なるものですが、それが「正しい反省」であるかを「裁く」のは、リーダー森の裁定のみ。そして、共同リーダーともいえる永田による(特に同性への)排除、いじめともとれる反省の強要です。

徹底的な自己批判、それを促すための「指導」であらば、暴力さえも本人のためとして奨励されます。しかも、森・永田の裁定ひとつで。自己批判できない者=革命戦士になれない者=組織に不要な人間として、次第に「総括」は事実上の死刑宣告となっていきます。 宣告者・森は、かつて敵前逃亡した過去をもつ者でありながら。

「総括」による死者、12人。わずか30名足らずの「軍」は、約半数を自らの手で殺したのです。実の兄弟を殴り続け、懐妊している女性を縛り付けた挙句に餓死・凍死させ、妻と乳児とともに参加した若い父親を撲殺し・・・。


やがて彼らの足取りは突き止められ、銃を手に逃げた数名の先には、某企業の保養所「あさま山荘」がありました。宿泊客とともに外出している管理人の夫を待つ女性一人のみを残した・・・。
 
 
 
 「あさま山荘事件」は、1972年。当時8歳だった私も、巨大な鉄球が山荘を砕くシーンが強く印象に残っています。しかし、それ以前に行われていた「総括」が、かくも惨いものだったとは・・・。
 
 本作は全くの「ドキュメンタリー」です。多少の映画的脚色があるのかもしれませんが、ほぼ史実通りの。
 
 一方、ベトナム戦争や、社会主義国家の隆盛で、「革命」ということがある程度リアルだった時期、というのはどうにも想像つかないのが正直なところです。いや、想像はするのですが、「やっぱ無理だろ」って。
 
 森や永田は、本気で信じていたのでしょうか? その狂気からは、何かを為そうとする中心体足りうる熱は感じますが、本当に世の中を変えることができると思っていたのでしょうか?
 
 もし、本当にそうであったのなら、なぜ、そのエネルギーが仲間を殺めることに向かったのか、それは自分の正しさを証明することが実は目的だったのではないか、と映画冒頭の「運動」と、彼らの「総括」以後の転落の落差に違和感を感じながらの3時間でした。
 
 そう、やたら長いんですよ。映画2本分の長さ。
 
 が、その長さは感じませんでした。退屈では、まるでなかった。ひたすら、おぞましく、息苦しく。
 
 青年の熱情が、こんな形に転化した事実。オウム教のそれに重なり、過去の話とは思えず、息を詰めて見ました。
 
 大変な力作でした。見て、良かったです。感謝。
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コメント

非公開コメント

No title

学生時代、故高木彬光先生の「神曲地獄編」を読んで、「雪夫人絵図」や「乗越駅の刑罰」と並ぶ私的3大鬱小説だなぁ、と思いましたが...(今ならもっと酷い物も多いので平気ですが)
森や永田が刑務所で本を著し、それらに反省の色が無い点(森の遺書には若干の反省も見られるようですが)も、理由は異なれど死刑執行を逃れた点も、酷い連中だなぁ、と思わざるをえません。
凄惨なあさま山荘事件よりも、その前段でもっと酷い事が行なわれていた事実は...本当に「老人と子供のポルカ」の♪やめてけれゲバゲバという感じです。
故若松監督がこのような作品を撮っていたんですね。
迂闊にも知りませんでした。
当時のニュース映像を混ぜながら、という手法も含めて、是非、観てみたい作品です。
御紹介頂き有難うございました。
凹。

No title

上映当時、これは観なければとの思いで観に行きました。連合赤軍とか学生運動とか、まったく知らなかったから。homeさんんも仰るとおり、全然、退屈はしませんでした。そして最後…全体を理解できたわけでは勿論ないのだけれど、やるせない気持ちで映画館をあとにしたのを覚えています。(お尻をさすりながらでしたが・・・^^)

No title

悪人さん、こんにちわ。コメントありがとうございます。

高木彬光さんと言えば、「連合艦隊ついに勝つ」しか読んだことがなく、恥ずかしく思っております。「雪婦人絵図」も名前しか知らないなぁ(恥)。「乗越駅」は筒井康隆ですね。これは読みました。

それはさておき、非常にグロテスクな事件、ですよね。最も、自分がその時代にいたとして、何ができたやら感もとても強く思いました。森と永田は「革命」に身の置き所を定めましたが、為し得たことの無残さ・・・。劇中の彼ら(を始めとする学生活動家たち)の「論理」は何を言ってるのか、さっぱりわかりませんでした。勇ましい言葉、小難しい言葉の胡散臭さ・・・。

が、そうした「状況」は形を変えて、その後も続きます。昔話ではない恐ろしさを感じながら見ました。恐るべき実話ですよね。

No title

JOさん、こんにちわ。コメントありがとうございます。

そうですか、JOさんもご覧になったのですね(私はツタヤの半額デーですが)。決して、他人事でも、過去の話でもないなぁ、というのがまず感じたことでした。こうした一本気さは青年の特長であり、長所であり、過ぎたるが及ばざるで大変なことになってしまって。

言葉で美化した殺人がひたすら繰り返されます(実話なのが心底恐ろしい)が、殺人とまではいかなくても、こうした心情が自分の中にもあることを戒めていきたいです。しかし、グロテスクな話でした・・・。

森・永田役の俳優さん、もうそのものでしたね。役者さんって、すごいなぁ。