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コレクション・ハイライト①/広島市現代美術館

現代美術館しばらくお休み

 広島市現代美術館の2年もの休館はショックでしたが、おかげでこれまで見たことなかったものも含めたコレクションを見ることができました。また、SNSへの掲示厳禁ながらも展示の画像も撮ることが許されていたのも嬉しかったです。

 後半のコレクション展はおなじみの「ヒロシマを起点として平和を問う作品」群。広島市の美術館だから避けて通れないのはわかるのですが、年の1/3くらい(特に夏は必ず)はこういう展示でちょっと重すぎると感じたこともしばしば。

 もっとも、しばらく見られないと思うとちょっと気を締めて1階の展示フロアに臨みました。

ボタン浜田知明
 浜田知明の「ボタン」。冷戦下の作品で米露首脳と思しき人物が上下に配された構成でした(両方の画像はネットでは見つけられず)。

 核兵器が「非人道的」としばしば形容されますが、人道的な兵器なんかあるんかいと思います。広島に住んでいるとこの土地だけが無垢な被害者のようなトーンをうっすら感じることも時折あって。焼夷弾(水でも消えない悪魔の炎とは知りませんでした)での死が軽いわけでもあるまいに、と。

 そんな中思うに、「通常兵器」と「核兵器」の大きな違いは「ボタン一つで、瞬時にものすごたくさん死ぬ」ことではなのかな、と。もちろん、そこに至るまでに大変な労力がかかってはいるのですが。

 ボタンを直接押すのではなく、なにかを介して介して介して。良心の呵責も責任も薄めて薄めて薄めて薄めて。ボタンを押した結果として遠い国では地獄が現出しようと、自身はディナーでも楽しもうか、と。

 今回は「歩哨」以外が展示されていましたが、ボタンひとつの軽さと初年兵哀歌(歩哨)の一個人の命の重さとの距離の果てなさよ。
初年兵哀歌(歩哨)


 「虹のアーチスト」靉嘔さんにもヒロシマを扱った作品があったんですね、「8:15AM」。時計、フライパン、靴、帽子といった日常が吹き飛び、溶けてゆく一瞬。
ふたたび虹のかなたに

 山形出身のカープの4番・栗原選手は原爆投下の日時を知らなかったそうです。大阪出身のエース・マエケンも広島で過ごすことで学び、毎年平和記念式典に足を運んでいました。この作品のタイトルは投下された時刻ですが、知らない人の方が圧倒的に多いと思います。私もナガサキの投下時刻はパッと出てきませんし(´・ω・`)。

 ちょっとでも知られていき、たまに考えてもらえたらいいなって思います。私も、人の愚かさによる世界中の「望まない死」をヒロシマと同様に知って・考えていこう。この土地に生まれて育ったんだから。

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