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そうかもしれない

 妻に「依存」していたのかもしれない。
 
 励まし合う関係であり続けたかったけれど、妻に励ましてほしい方が強かったのかもしれない。
 
 妻に、まるで母親のような役割を期待していたのかもしれない。
 
 母はとうに亡くなってしまったけれど、死んだ人間の悪い部分ってどんどん薄れて、良かったことが残っていくようだ。
 
 優しかった母。
 
 それでも、今でも覚えているのは、あまり褒められなかったことか。期待が高かったのか、厳しかったのか、もうちょっと褒めてもらいたかったな。単に、あまり褒めるとこがなかったのかもしれないけれど。
 
 妻に褒めてほしかったんだよ。認めてほしかったんだよ。
 
 それは、母にそうしてほしかったように。たぶん。
 
 
 これじゃ、たまらんよね。向こうは。
 
 
 ごくごく最近なんだけど、誰も見ていなくても頑張れるって実感ができたんだ。それまでは、どこか人の評判を気にしていたんだけど。いい年して恥ずかしいことに。
 
 こうやって手ごたえを感じて、誰にも見せてない部分の自己評価を上げていけば、少なくとも等身大の自分を素直に受け入れるところにまず立つことができれば、妻から少しは自立できるんじゃないか。妻に、過度の負担をかけずに済むんじゃないか。
 
 少なくとも今よりは。
 
 
 妻は不機嫌が多く、気分も変わりやすい。それは何かわけがあるんだろうけど、詮索しても仕方ない。
 
 自分は自分、彼女は彼女。振り回されず、振り回さず。
 
 決して冷たい気持ちではないけれど、自分を外から眺めよう。
 
 
 妻に依存していたのかもしれない。そうかもしれない。
 
 オレはこういう自分を少々情けなくは感じているが、絶望はしない。
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コメント

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No title

内緒さん、こんにちわ。コメントありがとうございます。

色々考えて、こういうところに着きました。マザコン、と言えばそうなのかも知れませんね。言葉の響きはあまり心地よくないですが、やはり母の影響の強さは認めますし、こだわりも抜きがたくありますので。
男性は弱みを見せられません、ね。男同士、なかなか親しくならない原因の一番だと思います。ただ、少なくとも、ここでは正直になってみたい。等身大の自分に近づいて、マシな明日を手繰り寄せたいと思ってます。ありがとうございました。