FC2ブログ

男子の本懐/城山三郎


 
・  職が変わり、家が移っても、浜口は勉強だけは続けた。役所関係の書類も家に持ち帰った。数字の羅列に食いつき、事実、よく数字を記憶した。もともと数字に強かったわけではない。「自分のような職務の者は、数字がわからぬようでは務まらぬ」という自戒からであった。(不遇の役人時代にも、この勉強に裏付けられた堂々の国会答弁で一目を置かれる)
 
・  「(日銀で活躍しながらも総裁から煙たがられ、左遷同然で井上が赴いたニューヨークで家人に宛てた手紙)自分ハ左程出世シタクハナシ。心ニ完全ノ満足ト愉快ガアルナラバ、多少世間ニ対スル人為的ノ位置ハ低クトモ、其ノ方ガ遥カニ勝レシナラント考候」
 
・  井上が最後に入閣を決めたのは、浜口に会い、その覚悟に打たれたからためであった。(中略)(二人だけの蔵相就任要請の場で、金解禁という大難題への覚悟を明らかにした浜口が)「だから、大蔵大臣は、尋常一様な財政家を以ってしては、だめなのです」。(中略)本気で死ぬつもりなのだ、と井上は感じ、ふっと頭の下がる気がした。(中略)よし、この男に殉じよう。他の答えはなかった。
 
・  井上は一度言ったことは、繰り返さなかった。(中略)「ワンシング・ワンス」と、取り付く島もない。「男というものは一回一回が勝負だ。集中してやれんのか」という響きがこもっていた。
 
・  (暗殺未遂後の病状は悪化していたが、宰相浜口の登院なしには国会の紛糾が収まらない情勢下)だが、浜口は「断固、登院する」といって、きかない。「議会で約束したことは、国民に約束したことだ。出ると言って出ないのでは、国民を欺く。宰相たるものが嘘をつくというのでは、国民は一体何を信頼すればいいのか」事情はそうあろうと、自分はいいわけなどしないで、約束どおり登院する」
 
・  「命にかかわるなら、約束を破っていいというのか。自分は死んでもいい。議政壇上で死ぬとしても、責任を全うしたい。自分が決心して安心立命を得ようとするのを妨げないでくれ!」
(浜口の急逝直後、邸に閣僚が次々集まる中)その中でただ一人、玄関に入ると同時に、大声を上げて泣き出した閣僚がいた。井上準之助である。見栄っ張りでスタイリストと見られた井上のその姿は、人々の目には、あまりにも異様であった。たとえ肉親を失っても、井上なら見せない姿に思えた
 
 
 昭和四年に組閣後、歴代内閣が先送りしてきた金解禁を翌五年に断行し、その前後に超緊縮財政をやり抜いた一方、保守層・軍部・右翼筋の反撥を買い、ともに凶弾に斃れた宰相・浜口雄幸と蔵相・井上準之助を描いた一冊です。
 
 本のタイトルである「男子の本懐」とは、浜口が狙撃された直後に漏らした言葉とのこと。既に金解禁(軍部膨張への財政的歯止めの意味もあった)は為された後であったにも関わらずのテロ行為は、その後の右傾化、言論への弾圧を匂わせるもの。が、浜口は猶も宰相であることを辞めず、井上はその浜口の死後、彼の意を汲んだが如くステイツマンとしての歩みを緩めませんでした。
 
 当時の新聞記事も多く引用されていますが、ある種の無定見さは今と変わりません。また、危機に際しての、選挙を前にしての政界の動揺ぶりも今と同じです。唯一、明らかに異なるのは、言葉ではなく真に命を賭して責任を果たそうとする政治家の存在でしょうか。もちろん政治家のみならず、他の職業人も矜持を持った人は多かったに違いありません。そして今も、志高く活動している政治家も少なくないと思いたい。が、先年の衆議院選挙での低い投票率は、ただただ我々選挙民の程度の低さを悲しく思いました。
 
 「その国の政治は、選挙民の程度が反映する」。全くの私見ですが、自分で考え、行動する範囲が小さく、狭く(深いかは不明)なっているように思えます。浜口も井上も、組閣当夜に家人への今生の別れを匂わせております。これから彼らに求められる視界の遠さ、広さは、一個人のそれを赦さなかったのでしょう。もっとも、それでもよき家庭人の側面もあったことが、二人の非凡たる所以ですが。
 
 「己を空しうする」とは、何か。それは、自分と他者の垣根を取り払い続けることではないか、と本書を読んで考えました。苦難の行路であった二人ですが、名も知らぬ人々からの多くの激励があったこともまた事実。
 
 人として、男子として、いかに生くべきか。それは、不遇時代の二人のように、決していじけることなく視点を高くし、己を空しうして、与えられた場所で日々を懸命に誠実に過ごすこと、ではないかと思います。そして、それは誰にでも、今からでも取り組めることでもあると。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント