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窓際族が世界規格を作った


 
 問題は「開発中」と「開発の後」の二つにあると高野は考えた。「開発中」の問題とは、誰もが良いと思えるものをつくり出すだけの時間と環境、資金を確保できるか。「開発の後」の問題とは、仮にいい方式を開発できたとして、その方式を世の中に広める力があるかということだった。

 (事業部長就任の辞令に)自分一人が夢を見て、時を得ず退職に追い込まれるのは仕方がない。しかしそれは、VTR事業部220人の多くもまた職を失うことを意味する。高野は最後にそのことを考えて煩悶したのである。 高野は一週間会社を休み、趣味の盆栽を手入れしながら考えた。「失敗したら、せめてお詫びのしるしに社員一人ひとりに、この松の盆栽を手渡そう」と。

 初めての試作機は小型化がテーマであり、画質も機械的にも特筆すべき点はなかったが、それを見た高野は、「そうか」と言ったきり何も言わなかった。白石は、このプロジェクトが実を結んだ大きな理由として、高野が最後まで「ああしろ」「こうしろ」と絶対に言わなかったことを挙げている。

 (旧型機の)在庫は急増したが、高野は協力工場の仕事を確保するために縮小均衡案には一切与しなかった。高精度の部品を必要とする次世代機には、腕の確かな協力工場が必要だったのだ。町工場の社長達は言う。「あの人には、下請けって言葉はなかった。オマエんところがないとやっていけねぇ、って言ってくれてね。だからみんな夢中になって、ビデオのために頑張ったんじゃないかな」

 高野は一つの決意をしていた。それは、四年の歳月をかけた試作機を無条件で他社に貸し出すというものだった。呆れる部下たちに「大切なのはVHSの規格を世に広めることだ。ビクター1社にその力はない。目先の利益は捨てるべきだ」と高野は説いた。各電機メーカーの社員たちは「ビクターだけでなくて、みんなでやっていくんだというものが、やはりありましたねぇ。それがサラリーマンというものを超えて、みんなの共感を呼んだんだと思います」と言った。

 高野はただ一人のリストラもなしに、全従業員を守り抜いた。彼の送別会にはVTR事業部全員が駆けつけた。「夢中でしたね。ぜひ皆さんも何でもいいから夢中になってください」。高野は二年後、突然ガンで亡くなった。高野の自宅の庭では、プロジェクトが失敗したときに従業員に手渡すはずだった盆栽が、妻・智恵子の手で今も接ぎ木をしながら育ち続けている。
 
 
 
 人気番組だった「プロジェクトX」の中でも、最も反響が大きかったエピソードだそうです。私も大変感動し、涙が止まりませんでした。今も行き詰まった時にビデオ、書籍でこのエピソードに触れております。

 中堅の中でもやや下位に位置していたビクター。その中でも赤字続きで存続さえ危ぶまれるビデオ事業部のリーダー高野氏が、本社にさえ極秘で開発した高性能な家庭用VTRを、先行するソニー以外の企業連合をつくることで世界規格に押し上げた実話です。

 高野氏は事業部長を命じられたとき(その辞令はリストラの前触れとほぼ同義だったそうです)、会社を無断で一週間休み、志を立てるまでは工場近くの居酒屋で毎晩飲みつぶれていたとのこと。実際に自分がその立場なら、これほど大胆にリスクをとることができるのかどうか。きっとできません。

 「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」。己を空しうすることがサムライであれば、サラリーマンながら、高野氏はサムライ、そして経営者です。いかな立場、境遇であっても人は起つことができる。人との共感を拡げ、事を成すことが出来る。その心意気。

そして、高野氏が世の中を変えるほどの産業を興したこと以前に、工場全員の顔と名前を覚えており、協力会社(町工場)の社長さんたちをパートナーとして敬意を払う血の通いように本当に頭が下がります。これは想像なのですが、高野氏が映像技術の俊英でありながら決して恵まれてはいなかったサラリーマン時代前半に、きっと「いつかオレも」と、ご自身を磨き続けておられたのではないかと思っています。それは、とうとう日の目を見ることがない可能性も含めて。逃げない、あきらめない、ごまかさない。これからも憧れの人物です。

 それが何かをここには書けないのですが、テレビ番組「プロジェクトX」での本エピソードについて、ある非常に稀な機会に恵まれたことがあります。尊敬する高野氏と少しばかりご縁が結べたようで、今も密かに誇りに思っております。
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コメント

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No title

すばらしいですね。
ありがとう

No title

健康脳さん、こんにちわ。コメントありがとうございます。

このお話し、良かったですよねぇ。今も冒頭部分だけで泣いちゃいます。