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江夏投手よ、永遠に



 
 子供の頃と同じように野球が、プロ野球が、カープが大好きです。
 
 一番好きな選手は、永遠のヒーローは江夏豊投手。
 
 阪神タイガースの大エースが、南海ホークスでのリリーフの革命児が、私の愛する地方都市の田舎チームに入ってくれたとき、中学生だった私はとっても驚き、歓迎したのを憶えています。
 
 そして、初めて広島市民球場で優勝を決めた試合をスタンドから見ることができた幸運と、そこに立っていた江夏投手の雄姿。
 
 絶対に打たれないとみんなが勝手に信奉していた江夏投手。
※小さな町の期待を一身に背負うことは、甲子園のマウンドを守った彼だからこそできたのかもしれません。
 あの試合、最終回のマウンドは本当に危なかった。タイガースは4番掛布選手を試合前の練習での負傷退場で欠きながらも戦意をなくさず、逆転もありかという展開。あの江夏が脆く見えたことは記憶になかったので。
 
 そして、日本シリーズでの「21球」。
 
 「自分で責任をとってこそ漢」、勝手に学んだ高校1年の私でした。

 アウトローのイメージが強い江夏投手ですが、生涯一度も登板拒否をしなかったそうです。監督やチームと折り合いが悪くても(フロントから八百長を強要されたことすらあったとのこと)、体がどんなに調子が悪くても、プライベートで耐え難い不幸があったときですら。
 
 天性での勝利は高校からの入団2年で潰え、以後はデータと記憶、そこからの仮説検証、それを支える技術の鍛錬で生き抜いた江夏投手。
 
 職業人としての尊敬する人物でもあります。

 以前、カープ球団が黄金期の復刻ユニフォームを販売した際に、あえて「無地(背番号なし)」を注文しました。近所の刺繍屋さんに持ち込んでつくったのが、江夏投手のユニフォームです。
 
 江夏投手が仁王立ちしていた広島市民球場はもうありませんが、この江夏ユニでマツダスタジアム、いや、新広島市民球場に通っていると、毎回必ず、誰かしら声をかけてくれます。もちろん、他球団ファンの人たちからも。

 傍らの本は、江夏投手を中心とした群像ノンフィクション。カープ在籍時の記述は多くないのですが(挫折の少ない時期でもあったためでしょうか)、広島時代を振り返る江夏投手が「広島か・・・(地方のパッとしない町の印象のため)」と移籍時に感じた町が、「家族を愛するようにチームを愛する人たちに溢れ」「野球人生で一番幸せな時期だった」と言ってくれていること、江夏投手が大好きなカープファンとして、泣けるほど嬉しく思っています。
 
 もっとも、一番印象深いのは、2000年の「20世紀最後の阪神・巨人戦」での「タイガース黄金バッテリー」による始球式への参加を求められた際に「うーん・・・、行くのはええが、それをやる人は俺じゃなくて村山さんじゃないの・・・」と、真顔で故人の名を挙げるシーン。
 
 これが漢だ。これこそ漢だ。

 江夏投手、ありがとうございました。貴方のおかげで、どれだけ幸せになれたか。どれだけ、自分の実人生で頑張れたか。

 江夏投手よ、永遠に。
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