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プロジェクトX 巨大台風から日本を守れ

・気象庁のバラックで吉武や藤原が富士山頂レーダーのアイデアを得たとき、彼らの心には、目の当たりに見た台風災害による悲惨さと、気象予報に関わる者としての無力感、将来の大災害に備えなければという使命感のないまぜになった感情が、たとえ無意識下ではあれ、あったことは疑いない。

・ (事前調査のための登山中、強風と凍った地面で厳しい行程となり)たまりかねた伊藤は、強力の勝又に「みんなをザイルでつないでくれないか」と持ちかけたところ、勝又は即答した。「みんなつないで誰か一人こけたら、みんなが死ぬんだよ。ここまで来たら、死ぬのは一人にしてくれないか」。

・ 富士山と気象庁(都内)には、本当に電波が通るのか。伊藤たちは富士山頂で掲げた光が都内から見えるか、という視通テストを一週間行ったが、うまくいかなかった。明日は下山という夕方、雲が晴れた。これが最後だ。木名瀬は外に出た。
 「わずか30mなのに、風が強くて進めないんです。秒速45mもあったそうで、立っていたら火口に飛ばされてしまう。這うように進んでは風がやむのを待ち、また進みました」。ようやくマグネシウムにたどりついた木名瀬は、懸命に風を遮りながら点火した。一瞬にしてマグネシウムは燃え上がり、木名瀬は目を閉じてその場に這いつくばった。

・ 工事は簡単ではなかった。高山病で体調・思考は悪化し、荒天で屋内に籠もりがちなのも拍車をかけた。永久凍土は一日にバケツ4杯しか掘り進めず。水の調達は200mの急斜面を上り下りして運びあげた。作業員は本業以外で疲れきってしまっていた。
 それを説得し、引き止めるのが伊藤の最大の仕事となっていた。伊藤自身が重い高山病にやられながらも、訥々と作業員を説得し続けた。「男は一生に一度でいいから、子孫に自慢できる仕事をするべきである」「我々は日本の象徴である富士山の最高峰に、台風の砦を作っているのだ」

・ 凄まじい強風からレーダーを守りつつ電波の透過性を確保するという矛盾を解決し、遂にレドーム(レーダードームの名称)が完成した。ヘリ空輸重量の限界600kg前後で完成させたのだが、気象条件の厳しい富士山頂に運ぶ場合、限界重量は450kgであることが判明した。緻密な構造物であるレドームを強風の山頂で組み上げることは不可能である。
 ヘリ操縦者の誰もが辞退する中、特攻隊に在籍していた神田が登場する。 「生き残ったのだから、目一杯やらにゃいかんわけですよ」。
 神田は、重量オーバーについて最後まで何も言わなかった。(中略)(座席位置から目視の出来ない状況下、無事レドームを設置場所に置いた後)そこにいた誰もが、神田のヘリに手を振った。それを見て神田は成功したことを知った。基地に帰還した神田は二分間、操縦席から姿を現さなかった。
 
 
 
 
 時間には限りがあります。私も年齢を重ねてしまいました。眠っている時間以外の多くを過ごす職場での時間も、いつか終わることを意識する年齢になっています。家族を暖めたい、自分という男が何が出来るかを証明したいと、自分なりにがむしゃらにやってきたつもりですが、未だ成功したとは言い難いのが現実です。

 「男は一生に一度でいいから、子孫に自慢できる仕事をするべきである」。自分は未だ為し得ておりません。それは、このエピソードのような大きなものでなくとも、確かにあの時、自分がそこにいて、人の役に立てたと、子や孫に話せるほどのことを為し得ていないという意味でも。
 
 このエピソードは、全国民の安全のために途方もなく過酷な環境下での前例のない仕事です。掛け値なく「命がけ」の仕事であり、実際に命を差し出しながら役割を果たした人ばかりです。

 が、そういっためぐり合わせでなくとも、私にも等しく1日は24時間あり、(普段の私の甘さに比して)身を捨てるほどの勇気、行動を求められる場面もあります。どんな職場であっても、「子孫に誇れる仕事」をする機会は得られる、そう思いたい。違うのは、それに臨む自分の心構え、準備、思考と行動。
 
 プロジェクトXとまではいかずとも、真剣に事にあたり、後悔のない毎日を心がけ、実践いたします。成功したいという気持ち、今も持っていますので。
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